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「木村拓哉のWhat’s UP SMAP!」で木村拓哉さんが『ありがとう』とメッセージを贈る

time 2016/12/31

2016年12月30日放送のTOKYO FMのラジオ「木村拓哉のWhat’S UP SMAP」に木村拓哉さんに出演。
番組でSMAP解散に触れて、その心境を語りました。
SMAPは12月31日をもって解散することが発表されて、大晦日の紅白も出場しないことから、2016年12月26日に放送された『SMAP×SMAP』が5人がSMAPとして最後に揃う場になってしまいました。

この日ラジオに出演した木村さんは、番組の最後に『ありがとう! SMAP!』と締めくくり、感謝の気持ちを伝えました。
本当に感動的なラジオだったと思います。
リンク:木村拓哉のWhat’s UP SMAP! 公式サイト

ラジオの内容をまとめてみましたので、スマップファンの方はぜひご覧になってみてください。

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ラジオ開始

「さぁ今日は12月の30日」
「2016年も残す所、あと1日となりました。」
「今年最後の木村拓哉のWhat’s UP SMAP!
「最初のメッセージはこちら!」と、今年最後のメッセージを紹介しました。

最初は映画「シュート」の上映会&大森監督に関しての話題でした。

▼メッセージ 12月11日に大阪で映画「シュート」の上映会&大森監督のトークショーがありました。大森監督は『今見ても恥ずかしくない青春映画ですよね。23年経った今も映画館で見れるのは監督名利につきる』とおっしゃってました。
始めは俊がキャプテンで、久保先輩が吾郎ちゃんの配役だったと。 でもやはりこの配役で良かったと。そしてキャプテンのサッカーシーンはスタッフからの拍手が沸き、スター誕生の誕生を見れたと。一人でのサッカーシーンは猛練習をしたのでしょうか?

【シュートの配役】
田仲俊彦 – 中居正広
久保嘉晴 – 木村拓哉
馬堀圭吾 – 稲垣吾郎
白石健二 – 森且行
神谷篤司 – 草彅剛
平松和広 – 香取慎吾

というリスナーの質問に、木村拓哉さんが映画「シュート」の話をしてくれました。

「え~こんな上映回やってくれたんですね。ありがとうございます。」

「23年だよ? だって。 ありがたいですよね。これは非常に。」
「そして今メールを読んでいて怖くなったんですけど。この配役の話。ねぇ。」
「もしこの配役だったら映画撮り終えることはできないと思いますよ(笑)」
「まぁサッカーシーンなんですけど。練習という練習はどうだったんだろ?」
「でも現場ではやってたなぁという。」
「まぁそのねぇ、チームメイト役の人たちもたくさんいてくれたし。」

「やっぱりグラウンドでユニフォーム姿で立って、ボールがあったりすると必然的に始まりますよね。うん。」
「まぁでもそれくらいかな?特別練習するっていうことではなかったような気もするし。」
「で、それこそJリーグが開幕してもの凄いサッカーが盛り上がっていた時だったので、何かサッカーボールを蹴るっていうことが仕事であり、撮影であったんだけど。まぁ楽しかったし。うん。」

「でも思い返すと…スケジュール的には尋常ではないスケジュールだったので、あすなろ白書を撮影しながら話の中で石田ひかりちゃんがやっていた役のキャラクターがイヤリングか何か落としてしまって、それを夜中ずっと探しているっていうようなシーンがあって。」
「それを朝4時くらいまで撮って、そんでその現場を出て移動して朝一からメイクさんからメイクしてもらって撮影とかしてましたね。」
「あすなろ白書と同じ時期に撮っていたのを凄くよく覚えていて。」

「いやーでも今見たら恥ずかしいよね、これ! めちゃくちゃ恥ずかしいでしょうね!! うん。」

最後には「23年前のやつを映画館で上映してくれて、今もたくさんの人に見て頂けるっていうのは不思議な気持ちもありますけど、嬉しいですね。本当にありがとうございます。」と、23年前の映画を今も楽しんでくれる方に感謝の気持ちを述べてくれました。

<ここで「ありがとう」が流れる>

映画「シュート」は1994年3月12日に公開された映画でSMAPの6人が出演しています。
SMAPを脱退した森且行さんも登場するなど、今では貴重なものになっています。
今でも映画のDVDを購入することができます。
あの頃映画 「シュート」 [DVD]
あの頃映画 「シュート」 [DVD]

リハビリについて

▼メッセージ 「来年以降もタイトル変わらずなんて涙涙です。私は足を悪くしリハビリをやりたくないな。なんて弱気になることもしばしば。来年以降も変わらずリハビリ頑張ります。そう壁は自分なんですよね!」

というメールに木村さんが「リハビリやりたくないな~って思うことは当然だと思うし、だってそう簡単なことじゃないですか。」
「僕も足を怪我してリハビリしていた時はもう…楽しくなんて一つもないし。でも少しでも早く元に戻りたいな。っていう方が強かったので続けましたけどね。」

「このみーこさんのメッセージの中に出てくる、『壁は自分なんですよね』っていう壁は自分という言葉はMoment (SMAPの曲)っていう歌詞の一部にもあったと思うんですけど。」
「まぁそう言い切れるみーこさんがいれば何も問題ないんじゃないかと思います。」

リトルマンについて

▼メッセージ 20年くらい前にネイティブアメリカンの方から『リトルマン』というお名前を頂いてましたが、その後ご自身ではどのようにリトルマンは変化しましたか?

「最近What’Sを聴き始めた人は、そうですねよく分からない。『え?何言ってんの?』方も多いと思うんですけど。」

「スマスマ特別編ていうやつで、20年くらい前かな?」
「ユタ州とコロラド州とアリゾナ州とテキサスがより沿ってるフォー・コーナーズという場所があるんですけど、そちらにちょっとお邪魔してネーティブアメリカンの方たちが住む街にちょっとお邪魔してですね。」
「何か体感したかったんですよ。その時。非常に。」
「まぁそのネイティブアメリカンの文化だったりとか物の考え方とか凄い興味があったし。行ったんですよ。」

「それで最終的に『精霊がお前のことをリトルマンと呼んだ』と言ってくださって。」

「必ず意味があるのでお名前に。 『待って待って小っちゃい男ってマジすか?』って俺思ったら、『そういう意味ではない。日々大きくなる男』だっていうことで『精霊がお前をリトルマンって呼んでいる』っていう風に言ってくれて。」
「で今に至るんですけど。」

「何かつねに身体に刻み込まれた名前というよりかは、割と思い出す機会は少ないんですが、でも要所要所でそれこそ吾郎さんのあの…ジュエリーの身に付けるときだとか、その時にちょいちょい出てくるんですよね。」

「ちょいちょい出てきたときに、両方の意味合いで初心に返るというか、何と言えばいいんだろう。」
「まだまだと思えるんですよね。。この名前をふって思い出したときに。」
「だから『どんな変化しました?』って聞いてくれてるんすけど、変化というよりかはずっとキープさせてくれているような気がしますね。」

「この名前を頂いた。…という事実が何かこう…いやまだまだでしょう。という風にいつも思わせてくれるし。うん。」
「『結局別に何でもないんだよ。』フラットにさせてくれますね。自分自身のことを。うん。」
「今、20年経ったかもしれないすけど、この名前頂いて良かったなと思います。」
<ここで「夜空のムコウ」が流れる>

SMAP解散について

▼メッセージ スマスマ20年と9ヶ月、本当にお疲れさまでした。視聴者である私達にもたくさんの思い出はありますが、番組を作っていたキャプテンにも本当にたくさんの思い出があると思います。毎週月曜日夜10時に当たり前にあったスマスマで最新のキャプテンを見られなくなると思うのはとても残念ですが、これからキャプテンのお仕事を楽しみに応援していきたいと思います。

「本当にスマスマに関しては、たくさんの感想とかメッセージをこのWhat’Sにも頂きまして皆さん本当にありがとうございます。」
「まぁ番組が始まったのが1996年。」
「だから『ロングバケーション』の第1話がオンエアの時に、10時からスマスマというのが始まる。というそういうタイミングだったんですけど。」
「う~ん。最初は何か、どう自分が存在していいのか分かんかったですね。」

「いやだから9時からは『ロングバケーション』っていう内容のドラマをやって、それが終わった直後に、田村正和さんの物まねとかをやらせてもらっていたんですよ。」
「松田優作さんの探偵物語を真似させてもらったりとか、それこそピンクのプードルになったりとか。していて…。」

「今でも覚えているのが、当時スマスマのプロデューサーをやってくれていた新井さんという人が『今度拓哉がやるロングバケーションというドラマ。それが終わって、スマスマがはい始まります!という時にロンゲバケーションというコントをやろうと思っているんだけどどうかな?』って言ってきたプロデューサーが言ってくれた言葉に即答で『いや、ないすね!』って答えたのが覚えてますね。」

「もうねどう存在したらいいか分からなくて。しばらく戸惑いましたね。うん。」
「だってタイトルもねSMAP SMAPっていうね。この間タモさんも『おかしいだろ!このタイトル』っていう風に言ってくれてましたけど。」
「まぁでもちょっと責任としては、大きかったかな。自分らの名前がリフレインされている番組タイトルというのは。うん。」

「そんでそれこそ『鈴木おさむ』っていうヤツとこのWhat’でずっと同じ時間を過ごしていたんで。」
「んで、本当はだからさっき出てきた松田優作さんだったり、古畑任三郎だったり、田村正和さんのモノマネをこの「What’s UP SMAP!」でやってたんですよ。」
「そんでWhat’でやってて、声だけじゃなくて『拓哉ちょっとやってみねぇ?』みたいな感じで『スマスマでやってみねぇ?』みたいなことを言い出して『えー!マジで!?』って言って、『じゃあちょっと試しにやる』って言って、やったというのがきっかけだったかな。」

「でスマスマって毎回収録日が水曜日と木曜日というのが20年ずっと続いてきたんですけど。」
「ドラマの撮影とかを始めると、共演者もスタッフも、水曜日と木曜日というのは撮影ができないっていう。ようは撮休になるわけですよ。
「その撮休の日に僕らはスマスマを撮って。」
「また金曜日からドラマの撮影、映画の撮影という風にずっとそれを続けてきたんで。」

「結構そうね色んなことをやりましたね。色んなゲストが来てくださいましたし。高倉健さんもマイケルジャクソンも、それこそJB(ジェームス・ブラウン)も来てくれてますからね。」

「まぁ…そうね…非常にあの…ただ楽しかっただけではなくて、この間それこそファンの方から頂いた手紙にも綴られていたんですけど、ちょっとこう世の中をさ。騒がせてしまったこともあったじゃん。やってきた中で。」
「そういう時にまずファーストリアクションとして、スマスマのスタッフだったりとか制作陣で一緒に物事を考えてくれて、『次のスマスマでこうしたほうがいいんじゃないか』っていうことで、」世間を騒がせてはしまったんだけど、その後のウチらっていうものを『しっかりとこう皆さんに届けてくれたな。』っていうのがスマスマだったんで。」

「ただ楽しくて賑やかでワイワイやってきた。っていう番組ではないので、そこはもの凄い大きな感謝はありますよね。」

「それがねぇ。始まった当初は6人だったのが、その中で5人になったり。それこそ5人が4人になっている場合もあったし。」
「そういう時期も全部こう…自分達とと同じ目線でスマスマは向き合ってくれて、つねに撮影もしてくれて、世の中に届けてくれて。っていう番組だったんで。」
「いやもう感謝しかないですね。本当に。」

「それでねぇそれこそ…まぁ大きな自然災害にあってしまったときも、阪神のときもそうだったし、東北もそうだし熊本もそうだし。」
「そういう時にも…スマスマっていう窓口で何かを発信できたりとかもしたしね。」
「いやすごい大きい場所だったな~という風には思いますよね。」

「で、その番組の中で最終的には…あの今からラジオでも流す曲が収録させてもらったんですけど、その時にスタジオに…スタッフのみんなが僕らのステージの周りに、もうとんでもない種類の、とんでもない数の、生けた花を『ぶぁ~!』つって置いてくれたんですよ。
「ちょっとおかしくなりましたね。自分の視覚が。」
「1本1本何か、色も種類も違う花なんですけど。 人に見えましたね。」
「それが誰っていうことではないんですけど。 何かステージ周りの花が人に見えた。」
「うん。それが凄くビックリしたんですけど。」
「あ、やっぱり自分たちはそういう人たちがいてくれたから、こうやってやって来れたんだという風にもう一回思えたかな。」

「何か全てのことに対して今日も最後に一言だけ、失礼します。『ありがとう!SMAP』」

<ここで「世界に一つだけの花」が流れる>

感想

長文になってしまいましたが、最後まで見てくれてありがとうございました!
SMAPとしては最後のラジオになってしまいましたが、こうしてたくさんの話を聞かせてくれて嬉しかったです。
木村さんもSMAPを愛しているということがよく分かりました。

解散してしまうのは寂しいですが・・・・・・。
いつの日かまたSMAPが結集されることを願っています・・。

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